新・快楽主義宣言

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<<   作成日時 : 2017/01/20 00:52   >>

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○監 督 オタール・イオセリアーニ
○出 演 リュファス アミラン・アミラナシュヴィリ
○鑑賞日 1月8日
○劇 場 岩波ホール
○評 価 ★★☆

<パンフレット>

画像


ちょっと想定外。
「期待外れ」というのではなくて、実際のところ、作品としてはとてもシニカルで明確な主張があるし、しっかりと筋の通っている映画だったと思う。
そういう意味では、事前の準備(つまり、この映画に対する正しい予備知識の習得)を万全にして、できれば「岩波ホール」ではなく、ヘッドレスト付きのゆったりとした座席のある劇場で鑑賞していたら、全然違った評価になったと思う。

いずれにしても、こんなに独特な演出と展開の映画はこれまでもあまり観たことがない。

ストーリーは、場面と時代設定が大きく三つに分かれるのだが、最初の二つは単なる導入部であり、メインとなる現在のパリを舞台とする物語とは直接の関係性は全くない。

まず映画は中世ヨーロッパと思われる時代から始まって、場面は貴族がギロチンによって公開処刑される広場。
セリフがほとんどない進行にも少し違和感はあったが、何より衝撃的だったのは、公開処刑を“見物”に集まったのは平民の女たちで、みんな大道芸でも見物するかのように編み物をしながら腰掛に座って貴族の首が落とされるのを喜ぶ。
そして女の一人が落とされた貴族の首をまるでカボチャでも持ち帰るように布にくるんで自分の手提げバスケットの中に入れるのだ。
最初からこんなシュールな展開になるなんて、もともと「パリの街を舞台にした初老の二人の男たちの不器用な友情の話」みたいなイメージを何となく勝手にもっていたので、一瞬、劇場を間違ったのかと思ったほどだった。

すると、突然シーンが変わって、今度は、とある紛争地域で軍隊が市民から略奪、暴行の限りを尽くす様子が、これもセリフをほとんど入れることなく展開されていく。
後から知ったことだが、最初の中世の場面も、この紛争の場面も、それぞれ主要な登場人物は同じ役者であって、その彼らが次にこの映画の本編となるパリに住む人々として登場するのだ。

メインの物語に入ってからも、状況を説明するようなセリフは極力排除されており、会話も最小限。
しかし、例えば、ものを拾おうとした浮浪者の老人が後ろから走ってきたローラー車の下敷きになって『のしイカ』になってしまうシーンはあまりに滑稽で笑えたし、映画の後半で再び主人公がローラー車に轢かれそうになったり、冒頭のギロチンを思わせるような道具で魚の頭を処理する料理の場面が出てきたりと、細かな工夫も施されていた。
本当に今まで見たことのないよう個性的な作品。
そういう意味では、なかなかすごい映画だったと思う。

岩波ホールでの鑑賞は久しぶりだったが、“エキプ・ド・シネマ”のポリシーは昔からいささかもぶれていないことが確認できて頼もしく思った。

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