新・快楽主義宣言

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zoom RSS ショコラ 君がいて、僕がいる

<<   作成日時 : 2017/02/09 02:02   >>

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○監督 ロシュディ・ゼム
○出演 オマール・シー ジェームス・ティエレ
○鑑賞日 2月5日
○劇場 シネスイッチ銀座
○評価 ★★★★

<パンフレットより>

画像


エゴン・シーレとほぼ同じ時代、20世紀初頭に活躍した実在の白人と黒人の道化師コンビの物語。
映画の本編上映前にテロップが出て、「これはフィクションです。」ということわりと、実際の二人が演技する映像を最後に流すことが予告される。
なので、最初から映画のストーリーは作り話だと知って観ていたが、最後の実写映像を撮ったシーンだけは劇中でも再現してくれたので、当時の二人の心情にも幾ばくかの想いを馳せながらエンドロールを迎えることができた。

黒人の道化師、ショコラを演じたのはオマール・シー。
『最強の二人』の彼は本当に素晴らしかったと思うし、今、若手の黒人俳優の中では名実ともに1の活躍ぶりだ。
そしてショコラの相棒フティットを演じたのはジャームス・ティエレ。
あのチャールズ・チャップリンの孫ということで、確かに面影も似ているし、映画の最初のシーンが彼のパントマイムの演技から始まるというのも、なかなか素敵な演出だなと思った。

俗に「世界四大文明」と言われるが、そこにはアルグロ・サクソンやゲルマンはもちろん、ラテンもスラブもいなかった。
人類の文明が発展していく過程の中で、たまたま“運よく”世界の覇権を握ったのがヨーロッパの国々であり、そのヨーロッパの人間が渡り住んで建国したアメリカだったというだけだ。
特別に彼らが優秀な民族であるということではないのだ。
しかし、植民地支配も奴隷制度も、もちろん今では非人道的行為であることが常識になっているが、程度の差こそあれ、いまだに人間の差別感情は根本的に無くなっていない。
だから、今から100年以上も前のフランスで、黒人がシェークスピアの主役を演じる(それも見事に)ことは当時の市民(特に着飾って観劇ができるような中産階級)にとっては我慢のならないことだったのだ。
つくづく愚かなことだと思うが、相棒のフティットでさえも最初からショコラにはギャラを3分の1しか渡さず、心のどこかでそんな“黒人”であるショコラのことを差別している。

おそらく、日本人的な感覚でこの映画を作れば、そんな差別や迫害にも耐えながら、夢を実現するショコラの健気な姿を描いていくのであろう。
どっこい本作はショコラ自身、ギャンブル好きで酒や女にだらしなく、アヘンにも手を出す未完成な人間として描かれている。
そういう意味では、二人の描き方がとても“リアル”だったので、劇場を出た時には『お約束の友情物語』に感動したくて観に行った僕としては若干の物足りなさを感じてしまった。
しかし、今、こうしてブログを書きながら改めて思い返すと、押しつけの感動ではなく、あれはあれで悪くなかったのかなと思えるようになった。

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