新・快楽主義宣言

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<<   作成日時 : 2017/04/03 01:17   >>

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○監督 モルテン・ティルドム
○出演 ジェニファー・ローレンス クリス・プラット
○鑑賞日 3月26日
○劇場 109シネマズ二子玉川
○評価 ★★★★☆

<パンフレット>

画像


【ネタバレ注意】

うーん、ジェニファー・ローレンス、一番好きかも。(#^.^#)

ローレンス・フィッシュバーン扮する乗務員のチーフであるガスが言っていたように、主人公のジム(クリス・プラット)に対しては、誰もが「こんな美女と宇宙船の中で二人きりなんて、出来すぎじゃねぇ?」と思っていたはずだから、劇中で明らかになる衝撃の真実であるジムのとった行動は、僕にとっても、最初、映画そのものに対して本当に大きな失望を感じさせるものだった。
「何だよ、そんなことか。」と思ってしまった。

しかし、エンドロールの時には、個人的には完ぺきに納得のできる結末となっていて、とても満足した気分で劇場を後にすることができた。

確かにジムがやったことは、断じて言い訳のできるものではない。
オーロラ(ジェニファー・ローレンス)が彼の行動をして「殺人」と表現したが、まさにその通りだと思う。
しかし、多少宗教がかった言い回しになるかもしれないが、あの宇宙船で最初にジムが目覚めたこと自体、その後に起こった出来事も含めて、人類が新天地で生き延びていくことを神様が『諾』としたということになるのではないかと思った。

例えば、巨大隕石との衝突によるシステムエラーが起こり、それによって目覚めてしまったのが“技術者”であるジムではなく、(途中、冬眠中の乗客として登場する)助産師の女性や、初老のビジネスマンだったら、2年後、宇宙船の機関室に乗り込んでメインリアクターの修復に成功することができたであろうか。
もし、メインリアクターが修復できなければ、宇宙船は爆発し、乗員乗客5258人は全員、地球から何光年も離れた宇宙の片隅で藻屑となっていたはずなのだ。
確かに眠ったまま死ぬのなら本人たちは痛みも何も感じないだろうから、それが運命ならば仕方ないという考え方もある。
しかし、5000人の乗客は120年後の新天地での未来を信じて眠りについたのであり、その途中で迫りくる「死」を回避できるものであれば何としても回避したいと思っていたはずだ。
そしてそれができる人間として選ばれたのがジムだったとすれば、彼がパートナーとして選ぶ人は、理想の女性であるオーロラしかいなかったということにならないか。

88年後、目的地にたどり着いたクルーは、120年間に及ぶドライブレコーダーを解析し、ジムとオーロラは(ガスも含めて)人類を救った英雄となるだろう。
そしてジムとオーロラも、ただ目的を果たせず犠牲となったわけではなく、何もない所に木を植えることからはじめる二人だけの生活を、新しい充実した人生として楽しんだのではないのかと思うのだ。

もちろん、オーロラにしてみれば、「なんで私が」と思ったかもしれない。
自分が彼女の立場だったら「絶対にジムを許せない」と思う人もいるだろう。
でも、ちゃんと“彼女の分だけ”医療用のポッドで再び冬眠状態に戻れるチャンスはいつでもあったのだ。
自分がジムのせいで犠牲になったと思うのなら、いつでも再冬眠をすれば良かっただけだ。
それも含めて88年後、目を覚ました5255人の人たちに『メッセージ』を残す選択をした彼女の人生はきっと幸せだったのだ。

そんな細部のディテールまで計算されたシナリオがとても気に入ってしまった。
この映画は単にジャニファー・ローレンスの美しさに見とれるだけの映画ではないのだ。

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