新・快楽主義宣言

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zoom RSS ライオン 25年目のただいま

<<   作成日時 : 2017/04/17 00:37   >>

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○監督 ガース・デイヴィス
○出演 ニコール・キッドマン デヴ・パテル
○鑑賞日 4月8日
○劇場 TOHOシネマズみゆき座
○評価 ★★★★

<パンフレットより>

画像


僕を含めてグーグルアースで自宅を探したことのある人は少なくはないと思う。
自分の家をインターネット上の画像で見たときは(さすがに自家用車のナンバーは消されていたけれど)、正直なところ「物騒だな」と思ったが、こんな風に役立つなんて単純にすごいなと思う。
太平洋を縦断するほど離れた外国から10億人以上の人口を有する大きな国の中で自分が生まれた村を探し当てるなんて、スケールの大きすぎる話であまりにピンとこないけれど、逆にカルカッタやニューデリーの街中で生まれ育っていたら景色もすぐに変わるだろうし、探し出せなかったかもしれない。
だから主人公のサルー(デヴ・パテル)は“運が良い”ということになるのかもしれないが、そもそも裕福な家庭に養子に貰われていなければ、高等教育も受けられず、インターネットの最新技術を駆使することが出来なかったわけで、そうなれば、たとえインド国内にいたとしても母と子が再び巡り会うことも難しかったと思うのだ。
『幸せ』に対する価値観は人それぞれだが、僕は彼にとっては、あの日、兄とはぐれ、迷子になったこと自体が“ラッキー”だったと思うし、逆に兄のグドゥは、まるで自分の持っていた「幸運の種」の分もすべて弟に渡してしまったかのようにそのすぐ後、列車に撥ねられて死んでしまうわけで、同じ家庭に生まれた兄弟なのに、ただ持って生まれた運命だけでここまで差があるのかとその残酷さを感じざるを得なかった。

そして、そんなふうに考えると、今の日本政府は、僕にはトランプ大統領と一握りの金持ちのことだけしか考えていないように見えるのだけれど、『赤ちゃんポスト』のこととか、もっと解決すべき複雑な課題がたくさん残されているのになと映画とは直接関係ないことまで改めて考えてしまった。

映画自体はサルーが迷子になってから施設に保護されるまで、そして養子として貰われてからの人生がとてもバランスよく作られていて、自然に感情移入をしながら観ることが出来た。

主演のデヴ・パテルは、『スラムドッグ$ミリオネア』の頃の泥臭い感じからは想像できないほど洗練されて、好感の持てる俳優に成長したと思う。
今後、インド系の若手俳優として、貴重な存在になるに違いない。
ニコール・キッドマンも自国であるオーストラリアの「母」として、素晴らしい演技だった。

実話の映画化は完全なオリジナルストーリーよりも劇的に作られることが多く、本作もその例外に漏れず、とても感動的な作りとなっていて、記憶に残る佳作だったと思う。

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